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次回公演案内

平成30年度 東京能楽囃子科協議会定式能

於 国立能楽堂

 

 

 

解説:宮本圭造

 

舞囃子「賀茂」素働

山河草木が揺れ動く奇瑞の中、賀茂の別雷神が来臨します。稲光を放ち、雷鳴とともに雨を降らせた後、別雷神は五穀成就・国土守護の誓いを述べ、天上へと上っていくのでした。古来、雷が多い年は豊作になるといわれ、稲妻は田に実りをもたらすと考えられていました。「稲妻」という言葉自体、稲光と大地との神聖な婚姻を連想させますが、秦の氏女が川上から流れてきた白羽の矢を拾い上げて懐胎したという賀茂明神の縁起も、両者の関係をよく示しています。

「素働」の小書が付くと、通常の「舞働」が「イロエ」に変わり、位も重々しくなります。

 

一調「柏崎」

夫に先立たれ、子の花若とは生き別れとなった女。悲しみのあまり、物狂いとなって善光寺の内陣に入ろうとするところを僧に咎められますが、女は内陣こそは極楽世界と反論し、夫の後生を願って形見の衣を身にまとい、弥陀の御前で舞を舞います。その様子を見ていた僧が女と花若とを引き合わせ、二人は再会を喜び合うのでした。

一調「柏崎」では、夫との離別の悲しみに打ちひしがれ、子の行方を尋ねて彷徨よい歩く女の道行の場面が謡と大鼓のみで演じられます。

 

一調「是界」

仏法流布を妨げようと唐の大天狗・是界坊が日本を訪れ、愛宕山の太郎坊とともに比叡山の僧正を魔道に引き入れようとしますが、逆に僧正の祈祷で現れた不動明王らによって追い払われ、退散します。一調ではその最後の場面、是界坊が威風堂々と登場し、諸神仏に屈して虚空に逃げ帰るまでのところを謡と太鼓のみで演じます。謡と囃子の緩急によって、天狗の空中戦を自在に表現する様をお楽しみください。

 

狂言「空腕」

夕暮れ時に使いを命じられた臆病者の太郎冠者。主人の太刀を借りて出かけることになりますが、道端の物陰に怯え、誰もいない闇の中で命乞いをする始末。心配になって跡を付けてきた主人に背中を叩かれると気絶してしまいます。ところがその後、家に帰ってきた太郎冠者が主人に語るいきさつは、実際とはずいぶん異なるようで・・・。「空腕」とは「いつわりの腕自慢」のこと。太郎冠者は一体どんな大法螺を吹くのでしょうか。

 

能「半蔀」立花

雲林院の僧(ワキ)が夏安居の期間に仏前に供えてきた立花の供養を行っていると、どこからともなく一人の女(シテ)が現れ、白い花を仏前に捧げます。その花の名が夕顔であると明かし、自身の素姓についても「名前だけこの世に残り、今は亡き身」と告げ、居場所を「五条あたり」とだけ明かして姿を消します。【中入】

参詣の男(アイ)から『源氏物語』の夕顔の上についての話を聞いた僧は、先ほどの女のことを打ち明けます。男との対話から夕顔の霊との出会いを悟った僧が、早速、五条に向かうと、そこには荒れ果てた古家の姿があり、中から女の声が聞こえてきます。菩提を弔いましょう、という僧の言葉に、女は半蔀を押し上げて姿を現し、光源氏と初めて出会ったあの日、夕顔の花を手折って光源氏に差し上げた昔の恋の思い出を物語ります。その思い出に浸りつつ、女は光源氏から贈られた一首の和歌に合わせて、昔を懐かしむ舞を舞うのでした。

シテには、「夕顔の上」と「夕顔の花」の二つのイメージが重ね合わせられています。冒頭の立花供養の場も、「夕顔の花」の供養であると同時に、「夕顔の上」の成仏のための供養ともなっており、「立花」の小書が付く今回の演出では、その立花供養が中野幽山(一般財団法人池坊華道会理事)により実際の生け花の形で再現され、舞台を一層華やかに彩ります。

 

チケット 6月1日販売開始

A席 ¥9,000(前売り ¥8,000)

B席 ¥7,000(前売り ¥6,000)

学生席(GB自由席) ¥2,500

 

 

申込み受付

○東京能楽囃子科協議会オンラインチケットサービス

チケットバナー_fig001

○観劇サイト「カンフェティ」チケットセンター

http://confetti-web.com/

電話受付

0120-240-540(平日10:00~17:00)

○国立能楽堂 窓口

※演者変更のお知らせ

「石橋」 後見 金春安明→横山紳一

 

解説:宮本圭造

 

能「鷺」

神泉苑に行幸した延喜の帝(ツレ)が池の洲崎に立つ鷺(シテ)に興味を持ち、捕らえるよう家臣の蔵人(ワキ)に命じます。岩間の陰から忍び寄って鷺を狙う蔵人。ところが、鷺は驚いて、ばっと飛び上がってしまいます。蔵人がとっさに「わが君の勅諚であるぞ」と呼びかけると、それを聞いた鷺がまた元の場所へと戻ってきて大人しく蔵人に捕えられるので、人々は「これぞ帝の威光の有り難さよ」と感心するのでした。帝も大いに喜び、蔵人に五位の位を授けるだけでなく、鷺にも五位を与えることにします。さも嬉しそうに舞い遊ぶ鷺。やがて解き放たれ、どこへともなく飛んでいくのでした。

『平家物語』に見える鷺の逸話をほぼそのまま舞台化したような作品。この逸話は、五位鷺の名の由来譚とも言うべきものですが、五位鷺が青い羽色であるのに対し、能『鷺』では白ずくめの扮装で登場します。むしろ白鷺のイメージが投影されていると言えるでしょう。その鷺のシテは、少年や還暦を過ぎた役者が勤めることになっています。今回は、協議会会員のうち六名が還暦を迎えるのを記念し、『石橋』と合わせての上演となります。

 

舞囃子「高砂」舞序破急之伝

摂津国住吉の社頭にやってきた阿蘇の神主の前に住吉明神が現れます。住吉明神は足拍子を踏み鳴らしつつ、御代を祝福する舞を颯爽と舞い、やがて姿を消します。

能『高砂』で通常舞われるのは「神舞」と呼ばれる舞ですが、小書が付くと舞の位や段数が変わることがあります。今回の「舞序破急之伝」は金春流のみの小書で、序・破・急と緩急に大きな変化が付くのが特徴です。

 

舞囃子「東北」

和泉式部が植えたという東北院の軒端の梅。その木陰で僧が法華経を読誦していると、和泉式部の霊が現れ、かつてこの場所で藤原道長が法華経の譬喩品を読誦したのにひかれて和歌を詠んだこと、その和歌の功徳によって成仏し、歌舞の菩薩となったことを語り、梅の香が漂う中で艶やかな舞を舞います。舞囃子では、このうち、和歌の功徳を述べ、東北院の景色のすばらしさを称える場面に始まる最後の箇所が演じられます。

 

舞囃子「鶴亀」

唐の宮殿で年始の節会が行われています。毎年嘉例の鶴・亀の舞が皇帝に一千年の寿命を捧げた後(舞囃子では地謡のセリフのみによって表現されます)、いよいよ皇帝自らが立ち上がり、国土豊かに千代万代と栄えることを祈りつつ、舞楽を舞い始めます。

 

狂言「栗焼」

主人が貰ってきた四十個の栗を客人に振る舞うため、焼栗にせよと命じられた太郎冠者。台所の囲炉裏で栗を焼き始めますが、一つ二つと味見するうちに・・・。

 

半能「石橋」連獅子

入唐した寂昭法師が清涼山を訪れ、苔むした石橋の前に立つと、文殊菩薩の使いである獅子が厳かに姿を現します。獅子は頭を振り、台に飛び乗り、また飛び降りるなどして、牡丹とたわむれるように激しく舞い、千秋万歳の御代を祝福して舞納めるのでした。

獅子舞を見せ場とする能。古来重い習事とされ、戦国期に一時伝承が途絶えていましたが、江戸初期に復活され、現在は各流で演じられています。獅子はシテ一人で演じるのが本来ですが、他にも二人獅子、四人獅子などの形があり、「連獅子」の小書が付く今回の上演でも、紅白から成る二匹の獅子が華麗な舞の競演を見せます。作り物の一畳台の置き所などにも様々なヴァリエーションがあり、そのあたりも注目して御覧ください。

 

チケット 9月1日販売開始

A席 ¥12,000(前売り ¥11,000)

B席 ¥10,000(前売り ¥9,000)

学生席(GB自由席) ¥2,500

 

 

申込み受付

○東京能楽囃子科協議会オンラインチケットサービス

チケットバナー_fig001

○観劇サイト「カンフェティ」チケットセンター

http://confetti-web.com/

電話受付

0120-240-540(平日10:00~17:00)

○国立能楽堂 窓口

 

解説:宮本圭造

 

舞囃子「弓八幡」

卯月初卯の神事の場に石清水八幡宮の末社である高良の神が現れます。高良の神は勇壮な神舞を舞い、天下一統の安穏を守る八幡神の威徳を讃えます。

 

舞囃子「経政」

管弦講の弔いに誘われて平経政の亡霊が現れます。経政は生前心を慰めていた楽の音を愛で、しばし舞い遊びますが、やがて修羅の憤怒が彼の中に蘇ります。苦しむ姿を人に見られるのを恥じ、燈火の中に自ら飛び入って姿を消すのでした。

 

舞囃子「熊野」村雨留

平宗盛に連れられて清水寺で花見をする熊野。一面の花盛りとは対照的に、熊野の心は遠くにいる重病の老母を思って憂いに沈んでいます。花見の余興に一さし舞えと言われた熊野は、浮かぬ気持で舞(中ノ舞)を舞いますが、村雨が桜花を散らすのを見て、堪らず母を思う和歌をしたためます。その和歌に心を打たれた宗盛に帰郷を許され、熊野は母の居る東国へと急ぐのでした。

「村雨留」の小書がつくと、村雨に散る桜を目にした熊野が、中途で舞うのを止める様を表す演出となります。

 

舞囃子「烏頭」

生前明け暮れ烏頭を捕えては殺していた猟師。その殺生の報いによって死後、地獄で鉄の嘴を持つ化鳥に責め立てられます。休む隙もない身の苦しみを訴え、僧にひたすら救済を願うのでした。

 

舞囃子「是界」

仏法流布を妨げようと大天狗・是界坊が比叡山の僧正を魔道に引き入れようとしますが、逆に僧正の祈祷で現れた不動明王らによって追い払われ、退散します。

 

狂言「附子」

主人が所用のため外出することになり、太郎冠者と次郎冠者に留守を申しつけます。主人は葛桶を持ち出し、この中には猛毒の附子が入っているから留守の間しっかりと番をするよう命じますが、太郎冠者は桶の中身が気になって仕方がありません。次郎冠者が止めるのも聞かず、中を覗く太郎冠者。さて、その中身は・・・。

 

能「羽衣」盤渉

駿河国三保の松原の漁師白龍(ワキ)が浦の景色を眺めていると、空から音楽が聞こえ、妙なる香りが漂ってきます。これはただごとではないと驚く白龍。松の枝に美しい衣が掛かっているのを見つけ、近寄ってみると、かつて見たこともないような色香妙なる衣なので、家の宝にと持ち帰ろうとします。これを見咎めた天人(シテ)が、それは私の羽衣だから返すよう言いますが、白龍はますます羽衣を重宝し、国の宝とすると言って全く返そうとしません。羽衣がなくては空にも飛べないと嘆く天人。ただ涙に暮れるその哀れな姿を見て、白龍もやがて心を動かされ、「天人の舞楽」をここで舞ってくれたならば羽衣を返そうと言います。羽衣を受け取った天人は軽やかに舞い、そのまま空高く帰っていくのでした。

天人の羽衣伝説は各地に伝えられていますが、その多くが、天女と人間の男との結婚という展開をとるのに対し、能『羽衣』では、天人の舞楽を見せる点に主眼が置かれているのが特徴です。能『羽衣』と同様の天女舞伝承は、世阿弥の伝書『却来華』にも「駿河舞の書、是又、駿河の有度浜に天女天降りたりし来歴也(中略)其時の天の羽衣の袖、駿河の清見寺に留まりて、今にありと云ふ」と見え、あるいは、このような舞の起源伝承が元となって、能が作られているのかも知れません。

『羽衣』の第一の見どころは、何と言っても天人が舞う優美な舞です。「序ノ舞」「破ノ舞」と続けて二つも舞が舞われるのは珍しいと言えます。「盤渉」の小書がつくと、その舞の調子が通常より高い盤渉調になり、最後の場面も、シテが幕に入るのをワキが見送る形(ワキ留)になるなど、型に変化が付けられます。

 

チケット 12月1日販売開始

A席 ¥7,000(前売り ¥6,000)

B席 ¥6,000(前売り ¥5,000)

学生席(GB自由席) ¥2,500

 

 

申込み受付

○東京能楽囃子科協議会オンラインチケットサービス

チケットバナー_fig001

○観劇サイト「カンフェティ」チケットセンター

http://confetti-web.com/

電話受付

0120-240-540(平日10:00~17:00)

○国立能楽堂 窓口

 

国立能楽堂座席表

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〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1


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