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「三月昼能」払戻のご案内

2020年 3月 5日

【公演の中止のご連絡】

新型コロナウイルス感染症予防対策の為、3月11日(水)13時30分開演の東京能楽囃子科協議会定式能は中止いたします。お客様には心よりお詫び申し上げます。

払戻をご希望の方は必要事項を記入してチケットを同封して東京能楽囃子科協議会事務局にお送り下さい。

【必要事項】

●席種・枚数 ●座席番号 ●返金額の振込先 ●お名前 ●ご住所 ●電話番号

 

《チケットの払い戻し方法》

① 返金には、チケット本券の返送が必須となります。

② お忙しいところ恐縮ですが、3 月 20 日必着、とさせて頂きます。

③ 購入方法を問わず、下記事務局までご返送ください。
(販売元の能楽師より別途連絡を受けた場合は、その指示に従ってください。)

④ チケット代とご返送時の切手代を合わせてお返し致します。

⑤ 銀行振込にてご返金致しますので、口座情報とご住所等のメモ書きを同封お願いします。

情報に不備等があった場合は、正しく返金されませんので、くれぐれもご注意ください。

チケット返送先: 151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷 4-9-5-301 東京能楽囃子科協議会 宛

 

 

下記にチケットの払戻用連絡票を用意致しました。

一般社団法人東京能楽囃子科協議会


公演中止のお知らせ

2020年 2月 28日

【公演の中止のご連絡】

新型コロナウイルス感染症予防対策の為、3月11日(水)13時30分開演の東京能楽囃子科協議会定式能は中止いたします。お客様には心よりお詫び申し上げます。チケットの払い戻し方法は、後ほどお知らせいたします。

一般社団法人東京能楽囃子科協議会


3月11日(水)東京能楽囃子科協議会定式能

2020年 2月 27日

3月11日(水)13時30分開演の東京能楽囃子科協議会定式能につきましては、開催するかまたは延期・中止するかを協議中です。決定次第、速やかにお知らせいたします。

 

一般社団法人東京能楽囃子科協議会 理事会


大鼓小鼓お稽古プログラム

2020年 2月 18日

東京能楽囃子科協議会『三月昼能』の事前講座を、当会会員の佃良太郎・田邊恭資が開催致します。

囃子の「掛け声」に中心を置いたワークショップとなります。

是非この機会にご参加下さい。

※当講座は東京能楽囃子科協議会事務局では受け付けておりません。

お申し込みは、taro29taro29@icloud.com 佃良太郎 にお願い申し上げます。

 


令和元年度「十二月昼能」での『曽和正博師インタビュー』

2019年 12月 20日

曽和正博氏インタビュー

どのような修行時代をお過ごしになられましたか。

当時、京都在住で、月に一度、故幸祥光先生に稽古をつけて頂く為、寝台列車で東京まで来ていました。
一度、濁り酒を持って伺ったとき、寝台列車で発酵したんでしょうね、開けた時に一升瓶から天井まで吹き出してしまった。あれは参りました。笑
先生はお酒が下戸な方でね。いつも、徳利にお湯を入れて、お猪口にそのお湯を一杯入れるんです。それを捨ててお猪口にオールドパーのウィスキーを入れ、またそれを徳利に戻し、ふってから、少しずつ、ゆっくり飲まれていましたね。
本来曽和家は、祖父稽古になっていまして、親に習うよりも、祖父に習うのが良いとされています。ただ、私は祖父を知りませんので、祥光先生に習っておりました。稽古日には、シテ方のお流儀に関わらず五番持っていき、その中の一番を先生が選ばれて、それをお稽古して頂いていました。
石橋の披きの時は「年寄りが石橋教えてはいけない。年寄りが石橋を教えては、掛け声が年寄りになってしまう。だから披きの掛け声にならない。」そうおっしゃられ、コミ(間や呼吸)のみを教えてもらいました。
「この他は、全て伝えてある父(故曽和博朗)に稽古してもらえ。」とおっしゃいました。披いた石橋のテープ
は祥光先生に聞いて頂きました。本当の孫のようにしてもらいました。

今回は「翁」の演目ですが、幸流には決まり事などは、ございますか。

幸流では、頭取と胴脇と手先といいます。頭取は、真ん中。笛に近い方が手先。手先は露払い。先駆けで
すね。大鼓に近い方が胴脇。胴脇は後守りです。胴脇の方が、位が上で頭取に何かあったら胴脇が助けるこ
とになっています。細かいことは口伝です。神事ですから伝わるべきところに伝わればいいわけです。
本来、武家式楽では能奉行があります。能奉行が、キザハシから舞台に上がり、一ノ松へ行きます。大夫が幕を上げ下居して、「はじめませい」の言葉をうけて翁がはじまります。その時は三番叟まで小鼓は床几にはかけまん。床几御免の型を行い床几にかかります。昭和二十五年、東本願寺で、その翁を父がつとめております。その五十年前、明治に、この形式で故幸祥光先生が打たれています。こういったことも、曽和家では伝わっていますよ。もちろん、京都の家は燃えておりませんので、ちゃんと残っているものもあります。

翁披きはいかがでしたか?

私の母が、三世茂山千作(真一)の長女で、昭和三十五年、二世千作(正重)の「十三回忌追善会・金剛流翁」にて、五世千作(正義)三番叟披き、七五三(真吾)千歳披き、あきら後見と、私脇鼓披きを四人でつとめました。曽和家は十二歳で脇鼓、十六歳で頭取と決まっておりますので、そのために若竹色の素襖を祖父(三世千作)にお祝いにもらいました。
私の長男も次男もその素襖で脇鼓を披き、父も還暦の時に、その素襖を着て頭取を打ちました。父が頭取の時は、ほとんど脇鼓をしています。
素襖は魔除けの意味で、麻でなければなりません。曽和家の素襖は大紋ではなくタンポポ。頭取は唐松柄。脇鼓は立涌柄の九曜紋チラシです。
基本的には、弟子家も皆、これを着用しています。

今年の国立能楽堂企画展「囃子方と楽器」では、お道具をご展示下さいましたが、お道具に関してどのよ
うなお考えをお持ちですか。

これから先、道具作りは大変で、作る人も少なくなってます。小鼓は馬の皮で、手擦れが少ない若馬の腹皮が一番いいとされています。道具のことは、父にも色々教えてもらいました。京都は静かなところですから、父が小鼓を打ち、私が門外へ出、それがどの胴と皮なのかを聞き分けをして当ててみたり、そういったこともしていました。小鼓はその日の天候によって音が変わりますからね。
道具には、合うもの合わないもがあります。おかげさまで、色々な道
具が曽和家には巡ってきました。お約束はできませんが、、、
今回の「東京能楽囃子科協議会」では、「国立能楽堂展示企画」にて展示致しました、紀州徳川家より拝領の三ツ葉葵大紋蒔絵胴と土佐山之内家、慶持公(小満月)名称の皮を使おうと思っています。

友枝昭世先生との親交はいつからでしょうか。

十代の時(昭和三十年代)に、目黒の正月青年喜多会で舞台を拝見いたしまして、すぐに好きになりました。本当に友枝昭世さんが好きで、私主催の会や記念会でも、度々能を舞って頂いています。
むかし、「勝手に友枝昭世後援会」を梅若景英( 現梅若実) さんとさせてもらっていましたね。大笑
本当に勝手にですよ、、、本当に長いお付き合いをさせて頂いています。

各流様々なシテ方や囃子方のお弟子さんも教えていられますが、どのようなお稽古ですか。

私は稽古が好きな上、大変おしゃべりなので、素人も玄人でも教え方はまったく同じです。玄人、シテ方
三役でも皆教え方は変わりません。
父からも色んなこと教えてもらってきました。ですから当然みんなに色々教えなければならないと思っています。だから、おしゃべりなんですね。笑
父から弟子は、「弟の子」と考え、身内と思って接するようにと教えられてきました。だから「同じ釜の飯を食う」、、、「同じ釜の飯」といえば、お稽古が終わったら、弟子たちと食事に行くようにしています。七十代の私以外は全員二十代なんてこともよくありますよ。笑
それも私の楽しみの一つであり、若返りの秘訣でもありますね。いずれにせよ、能楽という輪の中で若い人たちが少しでも共に支え合える人になってもらえたら本望です。

曽和正博プロフィール
囃子方小鼓方幸流
東京囃子科協議会会員
日本能楽協会会員
昭和二十三年七月十二日生
故・父・博朗(重要無形文化財各個認定)、故・幸祥光(重要無形文化財各個認定)に師事
昭和六十二年京都芸術新人賞受賞
平成3年京都府奨励賞受賞
重要無形文化財各個認定・曽和博朗の長男として京都に生まれ育ち、現在は東京を中心に全国で活躍。
現在、国立能楽堂養成講師
東京、京都、松山などに稽古場をもつ。「曽和韶風会」主宰。


令和元年「九月夜能」での『三島元太郎師インタビュー』

2019年 11月 25日

三島元太郎師インタビュー

令和元年九月定式能の能『海人』について鑑賞のご参考に、今回出演の金春流太鼓方、三島元太郎師の談話を公開します。

またシテ方宝生流、囃子科協議会、養成会の思い出など。

 

今回の能『海人』について

○今回の能は宝生流の『海人 二段返 懐中之舞 クツロギ』ですが。

「小書を並べすぎなんだよなぁ。」

○(笑)そう仰らずに。

「二段返だけでも大変なんですよ。

二段返というのは、海人と当麻にあるでしょう。文章からいえば、当麻だったら阿弥陀経の世界というのか、海人は法華経ですよね。共通しているのは浄土の世界を表すんだと思うんですよ。そこへ引かれてやってくると。

それは二段返でなくてもそうなんですけれども、強調するんでしょうね。緩急をつけて、世界を作って。

具体的に言えば、越之段からぐーっと浄土の世界に入る。それからまた、シテがやってくる状態に戻すわけですよね。だから、大小太鼓がやっている間が、一つの世界ではないですか。おシテが謡いだしたらあくまで海人の能ですから。」

○宝生流の懐中之舞は橋姫の面をつけることが多いようですが、やはり強いということでしょうか。

「そうなりますね。」

○懐中之舞は最後に経を渡しに行くところで勢いがカカリますね。

「なぜカカルのか、という根拠がね、ただ早くするというのではないと思うけれど。なんと言うのか、さーっと一気にお経を渡しに行くという気持ちですかね。

○宝生流では海人をクツロギにするのは今までまずなかったそうなんですが。

「クツロギにすると、舞を楽しむ感じになりますからね。あまり遊ばないようにしないといけない(笑)。」

○海人のように謡掛ケの物と、普通にコイ合になるものと出端を打つ気分は変わりますか。

「そういうことはありません。僕らの心得としては出端の位なんかは後の謡を考えながら作るんです。そうすると大体把握できるというのか。修羅物の通盛・実盛・朝長なんかでも、登場人物の年齢なんかも考えますけども。」

 

金春惣右衛門先生のお稽古

○先生の二段返の初演は大阪で、観世寿夫先生の当麻ですね。

「そのまえに稽古能ではやってますね。やはり青山で。本番は私ではないけれど前哨戦でやらせてもらったんじゃないかな。」

○その時の金春惣右衛門先生のお稽古というのは。

「いや、私の場合はね、なにかやるから稽古をしてもらうというのは原則ないんです。聞いて覚えろという。」

○でも二段返などはあまり出ませんよね。

「まず手附はありますよね、後は聞いたことがあるかというと、あると。

先生に前に座って頂いてというのはないんです。それは何に関してもないですよ。あとはどこかでやっているのを聞いてくださるという。それが原則なんです。

ご自分もそうだった、というのもありますよね。先代が早く亡くなられたから。先輩方とお相手された中で感得されたと思います。」

 

東京と大阪 小鼓方のこと

○先生は大阪ご出身で、東京で修業されたわけですが、その違いというので困られたことはありませんか。

「どっちかと言ったらぼくも東京ですからね。あんまり知らないで東京へ来てしまっているから、師匠が「なんだお前、何も知らないじゃないか』とあきれたというようなね。

違いは確かにありますよ。私が、というのでなくておシテ方でもね。

金春流も、家元は苦労されたんです。『田舎から出てきた』とか言われてね。それまではみんな桜間さんなんだよね。

それを本田秀男さんが非常に家元をたてて、一緒に研究会をしたりやってきたんですね。本田さんに梅村平史郎さん。野村保さん。

あとは家元についてきた高橋汎さん、非常に頭のいい方だったから家元を一生懸命助けて築いてきたわけです。

あなた方が小鼓方だから言いますが、大倉流も北村一郎さんと大倉長十郎さんで手配りも違ったりしましたからね。だけと寿夫さんが長十郎さんのことを『なんとか言ったって、あの長さんのポだよ』と仰っていた。私もそう思った。例えばあの方の一声の打ち出しの『ポ』なんか素晴らしかった。重い曲なんかでね、存在感があった。

幸先生、北村先生、あのお二人は素晴らしい調子だけれど、あまり鳴らすことにこだわらない人も多かった。つまりね、基本的に昔の人は合わせるってことをしない、気迫なんだよね。そこに生命があって、鳴らそうというのは気が抜けるという考えがあったんじゃないかな。間とコミと打ち込み。たとえば幸円次郎先生の素晴らしい打ち込み、早舞なんかお相手して気持ちが良かったな。

逸話がありますね、明治の幸清次郎という人が、近くで聞いているとひどい音だけれど、遠くだと素晴らしい音だったという。遠音が効くという話。」

 

二段返の披キ

○二段返を大阪でなさった時のお話を。

「当麻ですが、まあとにかくやったわけです。」

○後の人から見ると観世寿夫先生というのは伝説上の人物のようなところがありますが。

「僕らにとってもそうですよ、おおいに尊敬していましたから。教わるような形でやったんですよね。「三十年のちにまたやろうね」と仰ってたんですがね、私には。

シテ方でもね、どこで幕を上げるかとか色々考えられるらしい。越之段でもう座って聞いているとか、いろいろ書いたものがあるんですよ。どういう演出でやるのか。

笛が吹き出すタイミングがまた難しいんだ、幕上げの唱歌ね。観世流の太鼓とまるで違いますからね、よく分からない。その時も議論がありましたけどね。」

 

日記について

○日記はいつから付けていらっしゃるんでしょうか。

「いつからかな、ノートにちょこちょこ付けています。ぽかーんと六か月くらい空いて、急に年が明けたりね(笑)。

舞台の記録は柿本先生に言われたんです。『記録を書きなさい』と。あの方みたいにいちいち書いて別にはしてないですが、ボヤキも何もみな一緒に書いてある。

二十歳くらいからかな、三十を過ぎたころからはずーっと書いてます。」

○貴重な記録ですね。

「みっともなくて見せられない。(笑)オフレコばかり。

柿本豊次先生は、きちーっと舞台のことだけ書いておられた。それは今預かってますけども。柿本先生の記録は便利ですよ。この曲はどうだったかなというときなんかね。

マメだったのは亀井俊雄先生。目の前でね、小さい字で書いておられた。」

 

柿本豊次先生

○柿本先生からは差し向かいでお稽古があったんでしょうか。

「何曲かは見ていただいてます。はっきり覚えているのは乱。テクニックというのか撥扱い。イロエ地でも、はずむんだ、というような単純なことじゃなく、息の使い方が違わないと。

それから、乱に限らず刻ミというのは、難しいというのか幅が広いんです。俗に太鼓打に言われているのは、『刻ミに始まって刻ミに終わる』と。なにも終わらないけどね(笑)」

○金春惣右衛門先生と柿本先生の違いというのはありましたか。

「柿本先生は絶対に舞台では新革は使われなかった。私が新革を使っていると『いい調子だけど新革だなあ』と。

(金春)先生の時代から流儀の調子が変わってきたように思います。それまで基本的には観世流の太鼓の方が高い調子がお好みだったかな。

先生も素晴らしい老皮をお使いでしたけど、そればっかり使うわけにもいかないし。」

 

囃子科協議会と養成会の昔

○囃子科協議会の昔のことをお聞きしたいんですが。

「第一回の番組がありました。最初に挨拶文がある。」

○『生活保障制度の確立』とあります。

「そうそう。最初はね、玄人会の前に素人会をやっていたんですよ。それこそ資金集めに。

ボヤキ節になりますが、染井能楽堂でやっていた頃の番組の発送や何かは、全部私がやってたんです。嫌になったと日記に書いてある(笑)

第一回は観世宗家の『高砂 流シ八頭 八段之舞』。番組は安福春雄先生だけど、お具合が悪くて亀井俊雄先生がなさったんですよ。

最初の頃の大きな出来事は第六回(昭和32年9月18日)に粟谷益二郎さんが烏頭の後シテで倒れて亡くなったことです。(粟谷)菊生さんが後見だったけど、シテを抱えて楽屋へ入ったから、その頃喜多流にいた観世栄夫さんが地謡から立って後を繋いだんです。だから楽屋は騒然としていたけど、能は粛然と行われました。

今みたいに救急車ないから。私が世話になっていた診療所に電話して、舌がもつれてね。で、なかなか来ない。そのもどかしさね。やっと医者が来てくれて、楽屋が薄暗い中いろいろ手を尽くしたけど、ガーッと口をあけて大往生だと。菊生さんが「駄目か」、その表情が印象的だったと日記に書いています。そういう体験はその時だけですね。」

○別会も一度ありますね。

「そうなんです。ただ、土曜日にしてますね。水曜日にこだわっているわけではない。

年四回はやっていますけどね。ただ何月かはあまり決まっていません。」

○昭和33年に本田光洋先生の舞囃子『猩々』がありますが、お若い方も出ていますね。

「養成会関係でしょうね。お相手をしているのは若手じゃないかな。(一噌庸二・亀井俊一・安福建雄・三島元太郎)」

○友枝昭世先生も昭和33年に巻絹の囃子で出て頂いています。

「僕らは十番会に出ていたんでね。喜多実先生が監督する稽古会で、毎月やっていた。

十人いたんです、喜多十傑。」

○北村治先生は、当時の若手では早くから協議会の公演に出ていますが。

「あの人は養成会に入っていないんです。いささかエリートなんだ。

住駒昭弘さんも途中から入って早めに出られた。養成会には最初から最後まではいなかった。」

○養成会の一期二期というのは入られた時期によるんでしょうか。

「あまり厳密ではなくてね、太鼓で私が一期とすれば、松本章が二期。

最初からいたのは亀井俊一・亀井忠雄・一噌庸二・一噌仙幸、寺井三千丸(現・久八郎)鵜澤速雄・敷村(鉄雄)と宮増(純三=観世豊純)兄弟・幸義太郎(現・清次郎)・小早川立夫(幸正悟)・安福建雄・大倉三忠。何年か後に、九州から柿原崇志が乗り込んできた。

敷村さんが養成会で一番年上だったな。あの方は宝生流の謡が上手かったよ。僕らが宝生流の謡を習っていた頃、全部彼がリードしてました。

先生は高橋進、野口禄久。観世流は武田太加志、岡久雄。僕らは両方習ってました。

先生方が染井に来てくれたんだ。ありがたいことでした。」

 

宝生流の方々

○先生の太鼓のお稽古の時に、高橋進先生のお話を伺ったことがあります。

「北陸で砧の能をお相手させて頂いたときに、『三瀬川~』のところを何べんも謡ってくださってね。親切な方でした。

一曲やるたびに何か一言、ただし『元ちゃん、今日の獅子はよかったよ。だけど、先代の露はよかったなあ』とかいう風に(笑)。

普段はダジャレばっかり仰ってね。(六世)野村万蔵先生と二人でダジャレの応酬をなさってました、しょっちゅう。俳句もお上手でしたよ。」

○高橋進先生が特別ご親切だったんでしょうか。

「そうですね。田中幾之助先生は、乱能で杜若の太鼓を打たれるのにわざわざ若輩のところに稽古に来られて、『私は先代にこういう風に習いました。』と、逆に教えられた。いろんなことを言ってくださったなあ。

あと三川泉さん、あの方はとにかく野口(兼資)先生なんです。『胸をやさしく』と野口先生に言われたとか。

あの方の独特の言い方で『太鼓は背中が見えなくちゃいけないよ』とも仰ってました。

腹に力を入れる、というのはおかしいんだよなあ、今でもしょっちゅう言ってますけど。」

○三川先生を偲ぶ会でスピーチをされていましたね。

「ええ、しょっちゅうスキーにご一緒してね。

宝生閑さんが、酒を飲んで『だから宝生は駄目なんだ。』なんて盛んに言いたいことを言って、三川さんはただ聞いていて、言った方が先にガーッと寝ちゃう(笑)。

○宝生流とのお付き合いが多かったんですね。

「私個人の場合ですが、宝生流で育ったみたいなものです。

その頃、囃子方の規範は宝生流だった、というのはありますね。

それに、私がなんと言っても大きな影響を受けたのは観世寿夫先生ですよ。」

 

2019年7月24日収録

聞き手 田邊恭資 大村華由


東京能楽囃子科協議会定式能 三月昼能 【体験教室】残席わずか

2019年 1月 28日

来る3月13日(水)、東京能楽囃子科協議会定式能「三月昼能」公演前に実施される【体験教室】(公演チケットをお持ちの方のみ。事前申込み制)の残席がお陰さまでわずかとなってまいりました。

「興味はあるけどお稽古に通うのにはちょっと敷居が高そう・・・。」など、なかなか触れることの少ない邦楽器を気軽に体験出来るチャンスです。

お申込みは、☎03-6804-3114 東京能楽囃子科協議会事務局まで。


東京能楽囃子科協議会リーフレット作成の御報告

2018年 12月 14日

能楽囃子の魅力や解説、手引きとして東京能楽囃子科協議会リーフレットを作成致しました。

このリーフレット作成に多大なる御協力を頂きました「宝生能楽堂」、宝生会様に御礼申し上げます。

一般社団法人 東京能楽囃子科協議会


会員主催公演のご案内(鵜澤洋太郎の会)

2018年 9月 6日

 

平成30年12月23日(日)午後2時開演(午後1時開場) 於 国立能楽堂

鵜澤速雄十三回忌追善能

鵜澤洋太郎の会

 

 

チケット料金

S席 15,000円

A席 12,000円

B席 9,000円

U30 各3,000円引

 

 

主催:鵜澤洋太郎の会十三回忌追善能事務局
info@uzawayotaro.com

 


28年度東京能楽囃子科協議会協力公演 『ジャポニスム振興会東京公演』

2016年 8月 8日

「能の来た道、日本のゆく道~巻三」  能「融」秋の名曲に秘められた鬼のものがたり~

2016年 10月27日(木)18:15開場 19:00~21:00

於 国立能楽堂  東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1 TEL:03-3423-1331

主催:ジャポニスム振興会

協力・後援:一般社団法人 東京能楽囃子科協議会

 

 

<プログラム>

19:00・オープニング

囃子「早笛」

・お囃子ワークショップ (お囃子解説と演奏) 大倉源次郎

囃子方  成田寛人(笛)、田辺恭資(小鼓)、柿原孝則(大鼓)、大川典良(太鼓)

 

19:40

・能「融」の解説、併せて会場のみなさまと謡を連吟します。

森常好(ワキ方) 武田宗典(シテ方)

 

19:55

(休憩 20分)

 

20:15

・観世流 半能「融」(とおる) 舞返

シテ 坂口貴信    ワキ 森常太郎

後見 観世 芳伸、武田友志

地謡 清水義也、角幸二郎、谷本健吾、坂井音隆、長山桂三、武田宗典

笛  一噌幸弘 小鼓 大倉源次郎 大鼓 佃良太郎 太鼓 林雄一郎
20:50

締め括り 「日本のゆく道」 ナビゲーター:中村 暁

 

20:53

能舞台 案内・解説(希望者)

 

21:00 終了予定

<入場料>

会員 3,000円(正面指定席)2,000円(脇正面指定席)
一般 4,000円 (正面指定席) 3,000円(脇正面指定席) 2,000円(中正面自由席)
学生 1,500円(中正面自由席)
ジャポニズム振興会会員登録 入会金・年会費無料

※詳細は東京能楽囃子科協議会事務局にお問合せ下さい。

 

 

<チケット扱>

・東京能楽囃子科協議会事務局(03−6804−3114)

電話・FAXにてお名前をお申し出て下さい。